追い詰められている中にも看護の喜びを見いだせる達成感

宮本喜仁

story161101私は大学卒業後、33歳までアメリカで暮らしており、航空会社で働いていましたが、両親の希望もあり日本に帰国しました。どんな仕事に就こうか…。高齢社会、患者との接点が多い、看護師の仕事はサービス業、これからはもっと付加価値の高い仕事になってくる…などあれこれと思いを巡らし看護師になろうと思いました。そして38歳の時に看護師になりました。看護学生時代の勉強量の多さは特に苦ではありませんでした。というのもアメリカで暮らすに際して猛烈に勉強した経験があったことと、プロとして仕事をしていく以上これくらいは当然だろうと思っていたからです。ただ、実際に看護師になってからの3年間は辛かったです。患者さんにこんなことをしてあげたいと思っても、知識の無さ、技能の無さのためにそれをしてあげられないジレンマを抱きながら毎日が過ぎていくのです。でも、3年が過ぎた頃には、こうして追い詰められている感じも楽しさに変わってきました。おそらく、誰しも追い詰められている。それをどう捉えるかの考えも違うでしょう。しかし、私はそんな中で、自分が患者さんに少しでも良い看護をしてあげることが喜びになり、ある種の達成感を日々感じながら仕事ができるようになりました。

どんな患者さんにも敬意を持って接するという基本がとても大事

私には毎日いろんな患者さんとの出会いがあります。どの患者さんとは思い出深い・・・といったことは全くなく、全ての患者さんに対して同じ気持ちで接しています。同じ気持ち、それは年齢に関係なく敬意を持って関わらせて頂くということです。集中治療室に所属していますが、ものが言えない患者さんも多いです。意識がない患者さんも多いです。私は担当の患者さんであろうとなかろうとベッドサイドに行き、すべての患者さんに必ず挨拶をし、お声掛けをするようにしています。何度か同じような経験があるのですが、ある日、意識がなかった患者さんが回復されて病院の廊下で私に声を掛けて下さいました。しかし、意識がない時の様子しか知らない私はその患者さんがどなたかがわかりませんでした。回復されて別人のように元気になられているからです。ところが、患者さんは私のことを覚えてらっしゃったのです。こういう経験をすると、人間として基本がいかに大事かということを改めて感じさせられますし、自分のしてきたことへの自信にも繋がります。この病院で就職してよかったのは、生きるか死ぬかという超急性期の厳しい現場に直面する職場で、命の大切さを大事に思える経験が日々できることですね。そして誰からも学べるということを知ったことです。

命の火が消えそうな時に関わる社会的に必要な仕事に充実感

今後、チャレンジしたいことは認定看護師をはじめとする更なる専門職の資格の取得です。
やはり、もっと専門的な勉強をして自分自身の強みを作っていきたいと思います。その領域については現在模索中ですが、早い段階で取り組んでいこうと考えています。私は38歳で看護師になりましたが、この仕事をするのに早いも遅いもないと思います。この仕事をすることで社会的に必要な人になれるということを実感しています。もちろん、生活を安定させるということも大きなことではありますが、やはり、看護師という仕事が学びが多く深いこと、必要とされ、感謝されること等々、私にとって充実感が高いことは言うまでもありません。命の火が消えそうな時に関わっていくのが看護師の大きな使命。これからもさらに成長していきたいと思います。